渋谷明美(1949–2022)は、日本の人形作家。四国・徳島県に生まれる。1970年代初頭に近代文学を専攻し卒業後、二人の娘(有紀、智子)を育てながら本格的に創作活動を開始した。1980年代初めに東芸会の認定指導者となり、1984年には東芸会大賞を受賞。その後も制作と後進の指導の両面において高い評価を受け、数々の賞を受賞している。

彼女の作品は、日本の歴史、民俗、宮廷文化に深く根ざし、平安時代の美意識、『源氏物語』や『竹取物語』などの古典文学、仏教・神道の思想、そして月・風・季節・十二支といった自然の象徴から着想を得ている。擬人化(ぎじんか)を重要な表現手法とし、歴史上の人物、神仏、動物、自然や抽象的概念を人の姿に託して詩情豊かに表現した。とりわけ光源氏、聖徳太子、かぐや姫、月や兎のモチーフは、彼女の精神世界を象徴する中心的な主題である。
女性として、母として、そして作家としての存在価値を見出しながら、彼女は感情や記憶、心の深部の想念を宿す存在として人形を制作し、その多くは一年に一体という、きわめて限られた数で生み出された。
渋谷明美は、複数の伝統技法を修得し、それらを自在に組み合わせながら独自の表現へと昇華させた。制作の根幹を成すのは御所人形の技法であり、貝殻を原料とする胡粉(ごふん)を膠と混ぜ、何層にも塗り重ねて研磨することで、やわらかく気品ある白い肌を生み出している。伝統に則り、最後に目を描き入れる行為は、人形に命を吹き込む瞬間とされている。

1980年代半ば以降は、衣装の布を彫り込んだ溝に押し込む木目込み(きめこみ)技法にも本格的に取り組み、古布の着物や和紙を用い、歴史的装束を研究し再現することで作品に時間的・文化的な奥行きを与えた。

さらに晩年には、胡粉による頭部や手と、薄い錫箔を用いたメタルエンボッシングを融合させた表現に挑戦し、立体的で革新的な造形を確立。この技法による作品で、日本メタルエンボッシングアート錫賞を受賞している。また、人形制作と並行してパーチメントアートにも取り組み、その乳白色の質感と繊細な浮彫表現に強い魅力を見出していた。

これらの伝統技法、文学的想像力、そして精神的探求の融合によって、渋谷明美は日本文化に深く根ざしながらも、強い個性を放つ独自の芸術的表現を確立した。